ナチュラルヒーリングPhoto/猫のいる風景
ちょっときゅっと身が引き締まる感じに空気がヒンヤリした早朝、まだ低い朝日が木立の間から明るく差し込む散歩道を進む先には、何かが、いる。
それに気づかぬままあるいは気づいてもただ通り過ぎる人も、いるだろう。
道端にいるのは、猫だ。
猫は、待っているのだ。
猫が待っているのは、もちろん私をではなく、餌をくれる人だ。
私がどんどん近づいて行くと、中には逃げ出す猫もいる。あるいは写真のこのコのように全く動じない猫も。
そして、ごくごくまれにだが、にゃーにゃーと愛想のいい声を出して近寄ってくるコもいないではない。しかも気まぐれで、昨日はそうだったのに今日は逃げる、ということも。
そういう気まぐれさが、実に猫である。
気まぐれな人のことを気分屋と言うことがあるが、もっと以前にはお天気屋とも言った。昔はテレビのホームドラマでもよく耳にしたが、近頃使われなくなった。
きっと天気予報がよく当たるようになったせいで、天気が「気まぐれ」というイメージが薄れたせいかもしれない。
待っている猫は同時に、日向ぼっこで体を温めている。
気持ちよさそうに目を閉じて丸まって座っている。
とは言えしかし必ずしもそうでもない。陽の当たらない物陰にいる猫もいるのだ。
そういう猫たちの前を、辻ごと角ごとにお地蔵さんがある下町を軽くお参りしながら歩くみたいにして、「やあ」「ああ」「元気かい」というような具合にちょっとだけ立ち止まったり顔をのぞき込んだりしながら、散歩するのである。
A.T.迦楼羅
ジオマンシー(ゲオマンシーともいう)占い、西洋占星術、易占いなど、世界各地に古くから伝わる占術の研究者であり、心理カウンセラー、エッセイストとしても多方面で活躍中。
スピリチュアルカウンセラー育代オフィス所属
https://www.ikuyo.co.jp/top.html
この記事へのコメントはありません。